王様と国




遠い遠い、昔のお話。
本当であるかは誰も知らない。


むかしむかし、まだ世界が一つの大陸だった頃、その大陸のちょうど真ん中に、礼儀にとても厳しい王様が支配する、とても大きな国がありました。
王様は礼儀のなっていない家来をすぐにやめさせたり、また縛り首にしてしまったりするので、人々は王様を恐れ、できる限り礼儀正しく行動するようにしていました。
そんな人々の様子を見て、王様は自分が礼儀正しくしているから、人々も礼儀正しいのだ、といつもたいそう喜んでいました。
ある春の日のことです。いつものように、自分の住む大きなお城の、一番高い塔の上から市場の様子を眺めていた王様は、二人の男がすれ違いざまにぶつかったのにお互い何も言わずに去っていくのを目にし、怒り狂いました。
「ぶつかったのにお互い何も言わずに去るとは一体何ごとだ!」
そうわめき立てる王様を宥められるものは誰一人としていませんでした。何か余計な事を言って縛り首にされてしまってはたまらないからです。
怒りが収まらない王様は、命令を出すと家来に言い渡しました。家来達はそれに従い、王様の命令が書かれた看板を国のいたる所に建てました。
翌日。その命令を読んだ人々は、誰もが信じられないといった表情を浮かべ、心の中でとんでもないことになったと思いました。
王様の命令は、こんなものだったのです。

『「ごめんなさい」を言うべき機会にその言葉を言わなかった者は縛り首の刑に処す。』

人々はたいへん困りました。なぜなら、王様が言うところの『「ごめんなさい」を言うべき機会』がどれほどのものか、全く分からないからです。けれど、礼儀にはとても厳しい王様のこと。小さなことでもきちんと「ごめんなさい」を言わなければ、いつ縛り首にされてしまうか分かったものではありません。
ですから、その日から人々はどんな小さなことでも、そしてどんなに嫌いな相手にでも、「ごめんなさい」を言うようになりました。本当は言わなくてもいいような時にさえ、「ごめんなさい」を使い、決して王様の気を荒立てないように、とびくびくしていました。
そんな人々の様子を見て、王様はたいそう喜び、またこのように人々が即座に命令に従うのは、自分の礼儀正しさを人々が見習おうとしているからだろう、と思っていました。
数ヶ月がたつ頃には、人々も「ごめんなさい」を言い続けることに慣れ、そのこと自体にはそれほど気をもまなくてもいいようになりました。
けれど、人々はいつも何かに怯え、びくびくしながら「ごめんなさい」を使っています。
なぜなら、またいつ王様が自分達の何気ない様子を見て怒り狂い、新しい命令を出すか分からないからです。

……そう、例えばこんな命令を。



『心を込めて「ごめんなさい」を言わない者は縛り首の刑に処す。』


遠い遠い、昔のお話。
嘘であるとは誰も言わない。