緩やかな狂気



どうしようもないと君が泣くのなら、
全てを許すのが僕の自由だ。


彼女は、とても眩しい笑みを「僕」に向けていた。
長くて、裾の広がったスカートをはためかせながら、くるくる回りながら、僕に言った。
「ねえねえ、聞いて。彼がね、私の事好きだって!」
どこか知的な印象を抱かせる「彼」。彼女は、「彼」が好きだった。それは、随分昔からの事で。
彼女の口から「彼」の事を聞くのはもう耳にたこが出来る位の事であったけど、
今し方彼女の口から発せられた様な言葉を聞いたのは、今日が初めてだった。
相変わらずの笑みのまま、彼女は言う。
「聞いてよ。それがね、すっごくロマンチックなの。夜の、光る噴水の前で、私の目を見つめて言ってくれたの!」
一体、何年前のドラマだろうか? そんな話は久しぶりに聞いた気がする。
未だにそんな小細工をする奴がいたとは、正直言って意外だった。
それに、今彼女が話している事が全て本当だと断言できる訳ではない。
全て彼女の作り話だった、と言う落ちがあっても別段おかしくない。
そうやって彼女は、いつも「僕」を騙してきたのだから。
「私、世界を手に入れた気分! まさか彼から告白してくるなんて! ああ、やっぱりこの前の占いは正しかったのよ!」
一週間ほど前、彼女は「僕」に「彼」に告白すると告げてきた。
だが、その日の深夜にやっていた占いで、どうやら自分から告白するのはやめましょう、と言う様な内容を言っていたらしい。
それが星座占いなのか、それとも他の占いなのかは分からないが、
そんな馬鹿げた事を信じた彼女は、結局自分の一番望んだ形を手に入れる事が出来ている。
……全く、結構な事だ。「僕」は彼女に気づかれない様に小さく溜息をつく。
「ああ、本当に幸せ! 私ね、この幸せを誰かに知って欲しくてあなたの所に来たの。
だってあなた、ずっと私の相談に乗ってくれていたんだもの」
……ああ、そうだったね、確か。そんな事をぼんやりと思いながら、「僕」は彼女に微笑みと共に祝いの言葉を与えてあげた。
それだけでいい。それで君が満足するのなら。
彼女は「僕」が言った言葉に対する、至極普通のお礼の言葉を笑みと共に返すと、再び嬉しそうにくるくる回りだした。
その光景を見ている「僕」の唇の端が、僅かに引き上げられる。
彼女は大きな勘違いをしている。彼女は「彼」を手に入れた事で、世界を手に入れた気分に陥っているけれど、それは違う。
彼女が手に入れたのは「彼」であって世界じゃない。


 ……世界を手に入れたのは、「僕」だよ。