ヰタルベキ未来



少年は、地面に這いつくばって何かを探していた。
極めて必死と言うわけではなく、かといってのんびりと言った風でもない。
地面を見つめながら、きょろきょろと、まるで当てのない何かを探しているかの様だ。
彼のいる場所は、一面クローバーで埋め尽くされていた。



「何を探しているんだい?」
ふと、上の方から声をかけられて少年は顔を上げた。
逆光にてらされて良く見えないが、それが大人の男のものである事は分かる。
「……クローバーを探してるの」
男の視線が優しいこともあってか、少年は臆することなく自分の行動の理由を伝えた。
「…四つ葉のか?」
「うん」
怪訝そうに尋ねる男に大きく頷くと、少年は再び地面と向き合い、それを探し始める。
酷く、明るい表情のままで。
「見つけてね、あげるの。欲しいって言ってたから」
どうやら少年は、誰かに四つ葉のクローバーをあげるために探しているらしい。
彼にとって重要な事だけが並んだ科白から、それが理解できた。
男がじっと見つめる中、少年はそれすら気にならぬ様子で地面と睨めっこをしている。
どうやら男に探すのを頼む気はないらしい。自分で見つけたいのだろう。
その気持ちは、男にも理解が出来るものだった。
ふっと、男が腰を屈める。地面に向け、手を当てた。
掌から淡い光が漏れ、地面に降り注ぐ。
男は暫くそれを凝視していたが、光が消えると同時に小さな微笑みを浮かべ、立ち上がった。
そしてその場所からゆっくりと離れる。
不意に、少年の体が今し方男の立っていた方向を向いた。
まるで誘われるかの様に、四つん這いのまま歩いてゆく。
沢山のクローバを掻き分け、食い入るように地面を見つめていた少年の目が、一瞬だけ停止した。
みるみる内に表情が明るくなっていくのが分かる。
「あったー!」
高らかな、歓喜に満ちた声が少年の口から漏れた。
小さな手が伸びて、一つの茎を掴む。
そっと、小動物を愛でる様な優しさで、その茎をぷつりと折った。
「見つかったのかい?」
男は、少年の側により尋ねる。
少年は座ったまま男を見上げ、手を……四つ葉のクローバーを持った手を男に向けて差し出すと、
満面の笑みで頷いた。
「うん!」
「そうか。良かったな」
「うん!」
もう一度大きく頷くと、少年は立ち上がる。
ひざに付いた土を落とし、男に向かって手を振ると踵を返し駆けだした。
行き先は決まっているのだろう。その証拠に、少年はもう振り返らない。
真摯に走り続ける背中を穏やかな眼差しで見つめる男の背後に、何かの影が立つ。
思わず振り向いた男は、そこに1人の女の姿を見つけ、表情を笑みに変えた。
「………何してるの?」
「ちょっと、贈り物をね」
「あの子に?」
「そう。あの子に、四つ葉のクローバーを」
何でもないことの様に答える男を見つめ、女は一度だけ溜息を吐いた。
そして、緩やかに笑みを浮かべる。
「あなたなら、この野原一面を四つ葉のクローバーで埋める事だって出来るのにね」
「それは意味がないだろう?」
僅かに肩を竦めて男は答える。
「そうね………」
「……あの子の心には、「自分で見つけた」と言う実感がある。
 それが何よりも大事なんだよ。自分で探し、自分で見つけた、と言う認識がね」
「あなたはその手助けをしたけれどね」
「………だがあの子はそれを知らないだろう?」
「………そうね」
「ならそれでいいんだよ」
そう言い終えると、二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
まるでそれが、当たり前のことであるかの様に。