「夢捨山」

もしもあなたがどうしても諦めたくて、
けれど諦めきれずにいる夢をお持ちなら、
あの灯台の向こうの山に捨てにお行きなさい。
そこは不浄の夢を供養する場所。
あなたに心残りをさせない為の。

そこには無数の夢が転がっているでしょう。
大きいもの、小さいもの、綺麗なもの、醜いもの。
全て誰かが捨てていったものです。
そして、全て諦めていったものです。

捨ててある夢はそのままにしておいて下さい。
どんなに魅力的でも、拾ってきてはいけません。
何故ならそれは、あなたのものではないのですから。
人の夢に惑わされる人生を歩みたいのですか?

夢を放り投げたら振り返らずに山を下りなさい。
梺に着いた頃にはその夢を忘れているはず。
それが出来たのなら、もうその夢は見ないでしょう。

ここは夢捨山。人間達の造り出した桃源郷。
欲望と純心の終着駅。



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夢を捨てに来ました。
現実だけで手一杯になったので。
気づきませんでした。
私の手はこんなにも小さかったのですね。
ええ、ええ、もう良いんです。
夢ではお腹は膨れませんから。

――それにしてももの凄い夢の山ですね。
これ、みんな捨てられたものなんですか?
大きいのも、小さいのも。
綺麗なのも、醜いのも。
みんな、誰かが持ってきたんですね。

え? もっと多かった?
じゃあそれはどこに行ったんですか?
まさか誰かが持って帰ったとか?
……持ち帰る人はそうそういない?
そうですよね。
人の夢に惑わされたくありませんよね。
……ああ、そうなんですか。
他人の夢を持つとより苦しむのですね。
それが自分のものでないから。
もっともっと、捨てられずに苦しむのですね。

でも、本当にどうして捨てられた夢が減るんですか?
獏はこの「夢」は食べられないでしょう?
……え? あなたが食べる?
あなたがここにある夢を?
……そうやって、生きているのですか?

ああ、そうなのですか。
あなたのお名前は、「ばく」なのですね。
獏が食べられない「夢」を、食べるのですね。

日が暮れそうですね。もう帰らなければ。
ありがとうございました。
これで夢を忘れられます。
いつか、私の夢も食べて下さい。
おいしくないかも知れませんが……。

さようなら。
山を下りれば、あなたの事も忘れてしまうけれど。
けれど、さようなら。

……さようなら。


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