犬を殺した者は
  犬によって殺される
  この一見不条理な仮定を
  人間のみに適用してみよう
  人間を殺した者は
  人間によって殺される
  ……どうだい?
  少しは道理っぽくなっただろう?



  こんな話を知っているか?
  生まれて間もない乳飲み子を亡くした母親がいた
  母親は悲しみに暮れ、来る日も来る日も泣いていた
  我が子の墓の前でな
  そうしていると、母親はある行列に出会う
  沢山の乳飲み子の行列だ
  それを連れているのは、一人の女
  母親はその中に我が子を見つけた
  我が子は、水がなみなみと入った壺を持っている
  その余りにも重たそうな様子に
  母親はその壺を取り去ろうとするが出来ない
  そして乳飲み子は言うのだ声にならぬ声で
  「もう泣かないで欲しい」と
  ……分かるかい?
  壺の中に入っていたのは、
  その母親の涙だったのだよ

  ……そうだな、今日は女の話をしようか
  男を殺した、女の話を

  女は男をを殺した
  ……それはどこかの国の話
  紛う方無き確かな事
  だから女は裁かれた
  きな臭く嗤う、男の前で
  黒い服を纏い男は尋ねる
  ----何故殺したのか、と
  女はさらりと微笑み答える
  ----愛していたからです、と
  それは酷く単純な事
  幼く儚く美しい事
  だから誰も理解できず
  だから誰も理解しようとせず
  民は女を糾弾し
  そして地下へと閉じこめさせた
  鍵をかけて、閉じこめた
  『カタコンベで魔女が泣く』
  誰もが小さく呟いた
  しかし彼女は裁かれる
  その国にある法により
  彼女は確かに裁かれる
  絞首台と、視線の下で

  汗の滴る夏の昼
  女はしとり、しとりと歩く
  前後に兵を従えて
  しとり、しとりと歩いてく
  絞首台と、視線の下へ
  ついに彼女は裁かれる
  この国にある法の下
  絞首台と、視線の下で

  ----最後に言い残す事は?
  禿げた男が偉そうに聞く
  女は再びふわりと笑う
  ----これで彼の下へ行けるのです
  ----これ程に嬉しい事はございません
  女は自ら足を踏み出す
  呆気に取られる男を無視し
  絞首台と、視線の下へ

  そして女は裁かれた
  一人の男を殺した故に

  やがて女の残した言葉は
  誰とも無く街中に伝わる
  或る者は彼女を崇め
  或る者は彼女を罵り
  そしてまた或る者は
  先立たれた者の下へと旅立っていった
  ----あの子の側に行くのです、と

  だが人の何と強かな事か
  一年の半分すら経たぬ間に
  民は女の事をすっかり忘れた
  そして矢張り生きていた
  何一つ変わらぬままに

  女は男を殺し
  女は民に殺された
  結局二人は同じ道を歩んだのだ
  誰かの手を殺め
  誰かの手に、殺められ

  それはある街の出来事
  誰一人与り知らぬ
  ほんの小さな出来事だった……


  話終えた語り部の
  膝に子等はせがみ尋ねる
  ----それで何か変わったの?
  語り部は少し黙り、そして笑う
  ----その街の人が少し減ったとさ
  ただ、それだけだ

  ……それだけなのだよ